数学をアートする。イスラームの幾何学模様

イスラーム幾何学模様を解説

イスラームの幾何学模様

幾何学模様は、カリグラフィーや植物模様と並ぶ、イスラーム3大装飾の1つ。幾何学によって作られる模様は、延々と続くパターンを形成する。無限に広がるイスラームの幾何学模様は、宇宙すら連想させる。幾何学模様は、モスクの装飾だけでなく、絨毯や木彫細工、タイル、写本などイスラームの美術作品に広く使われている。

線だけで描いた幾何学模様は少し味気ないが、イスラームの幾何学模様は、植物文様やカリグラフィーと組み合わせたり、鮮やかな彩色、モザイクタイルなどで表現することによって、生き生きとしたパターンを見せてくれる。

イスラーム世界の幾何学模様

イスラーム幾何学模様の歴史

イスラームの幾何学装飾は、古代ギリシャやサーサーン朝の時代にあった模様をさらに複雑化、精密化させることで、大きく発展した。イスラーム各地域で見られる幾何学模様は、多角形の種類によってパターン化することができる。特にイスラーム地域で見られるのは、5、6、8、10、12角形から成るパターンである。特に510角形を基本としたパターンは、6角形や8角形のパターンと比べると複雑で、イスラーム以前には見られなかった幾何学模様だと言われている。

イスラーム世界で、幾何学模様の発展をうながしたのは何だったのか。7世紀から13世紀まで続いたアッバース朝の時代は、イスラームの黄金期と呼ばれた。首都バグダードには、「ベイト・アル・ヒクマ(知恵の館)」と呼ばれた図書館が作られ、哲学や医学、数学など膨大なギリシャ語文献が、アラビア語に翻訳された。そのなかに、幾何学の父とよばれるユークリッドの「原論」もあった。

こうしたギリシャ語文献の翻訳を通じて、アッバース朝の人々は幾何学に触れ、さらに幾何学を彫刻や建築にも応用し始めたのである。幾何学を使った天文学、代数学などの学問もこの時代に発達。バグダードには、世界初の総合病院も作られ、医学においては当時の最先端を行く場所だった。のちのヨーロッパ医学の教科書となる『医学典範』がイブン・スィーナーによって書かれたのもこの時代である。

プラトンは自身の学校の門に、「幾何学を知らぬ者、くぐるべからず」と書いたと言われる。また幾何学にも長けており、自身の作品に黄金比を取り入れたレオナルド・ダ・ヴィンチは、こんな言葉を残している。

哲学は宇宙というこの壮大な書物の中に書かれている。この書物は、我々の目の前に開かれている。しかし、まずその言葉と文字を読めなければ、理解できない。それは数学の言葉であり、三角形、円、そのほかの幾何学的図形という文字である。これらなしに人間は、その一語足りとも理解できない。人は暗い迷宮をさまようばかりである。

イスラーム幾何学模様の種類

イスラームの幾何学模様は、6角形のパターン、12角形のパターンといったように多角形の種類によって分けることができる。以下にあるパターンの画像は、ほんの一部にしか過ぎない。同じパターンでも、色の配色や植物文様との組み合わせによって、まったく違うパターンに見えてくる。

6、12角形パターン
8角形パターン

5、10角形は、6角形や8角形のパターンに比べるとより複雑性を帯びた模様を作り出す。5、10角形の形は対称的でないため、パターンを作り出し、無限に拡張していくのが難しいと考えられていた。イスラーム世界ではすでに延々と続く幾何学模様として取り入れられていたが、西洋科学においてそれが実証されたのは、1980年代のことだった。イスラエルの物理学者ダニエル・シュヒトマン氏が、それまで理論上はあり得ないとされていた5角形の結晶を発見したのである。ちなみに、シュヒトマン氏は、この「準結晶」の発見により、ノーベル化学賞を受賞している。

5、10角形パターン

イスラームの幾何学模様ができるまで

複雑に見える幾何学模様は、すべてコンパスと定規によって生み出される。すべての幾何学模様は、コンパスで描いた円から始まる。円にさらに円を重ねたり、直線を引くことによって、複雑な形が生み出される。同じ6角形のパターンであっても、そこから生み出される模様は無数にある。すでに確立している模様を再現することはたやすいが、新しいパターンを作り出すのは、相当な時間と根気を要するに違いない。世界に散らばる多様な幾何学模様を見ていると、模様の誕生にイスラーム職人たちの苦悩や執念が見え隠れしているような気がしてならない。

6角形のパターンが作られるまで

幾何学模様の書き方

6角形から作られるパターン

Davide Wade, Pattern in Islamic Artより引用

幾何学模様といえば、イスラームだけでなく、日本や他の地域にも存在する。例えば、正六角形からなる日本の亀甲模様は、イスラームでもよく見られる6角形パターンの模様である。亀甲模様は、西アジアで生まれ中国や朝鮮を経て日本に伝わり、日本では亀の甲羅に似ているためこの名前で呼ばれるようになった。イスラーム幾何学模様というのは、必ずしもイスラームが発祥で、イスラームだけに使われているとは限らない。偶然にも、同じような模様が異なる場所や時代で使われていることもあり、普遍的なものなのかもしれない。