モスクとは?
モスクは、英語でイスラーム教徒が礼拝する場所のことを指す。アラビア語では、ひれ伏す場所を意味するマスジドと呼ばれる。文字通り、イスラーム教徒が祈る際には、ひれ伏す形が礼拝の動作に含まれている。
日本人の感覚でいうと、寺や神社のようにモスクにも神や仏様がいる神聖な場所なのかと思うかもしれない。しかし、イスラームにおいてモスクはあくまでも礼拝を行う場なので、モスクそれ自体に神などが宿っているわけではない。
モスクの種類
ムスリムが祈る場所は、一般的にモスクと呼ばれているが、機能や規模によって大まかに3つのタイプに分けることができる。
モスク(マスジド)
イスラーム教徒たちが、日常的に訪れる近所の礼拝所。一般的にイスラーム教徒の礼拝所といえば、これにあてはまる。次に説明するジャーミイに比べると、規模はこじんまりとしたものや、室内装飾も簡素なものが多い。金曜礼拝の際には、人々はジャーミイへ行くので、もぬけの空となる。
ジャーミイ
町の中心的なモスクで、大モスク、マスジド・ジャーミイ、金曜モスクなどと呼ばれる。ジュムア・モスクと呼ばれることもあるが、ジュムアはアラビア語で金曜日を意味する。
イスラーム教では、1日5回の礼拝をしなくてはならないが、基本的にはどこで祈ってもいい。わざわざモスクに来る必要はない。現実問題として、会社で働いている社会人が、礼拝時間の度にモスクへ行くことは難しい。しかし、金曜正午の礼拝に限っては、成年男性はモスクで集団礼拝を行わなければならないというルールがある。
金曜の正午近くになると、どこからともなく人がわらわらと、モスクにやってくる。礼拝時間の1時間前ぐらいから、スピーカーで説教(フトバ)が流れてくる。イマームと呼ばれる宗教指導者が、イスラームの教えについてあれこれ語るのである。説教の内容は、なぜイスラームでお酒が禁じられているのかといったソフトなものから、最近の政治情勢を絡めた話などハードなものまである。
礼拝時間が迫ると、モスク内に人が入りきらず、中庭やモスクの敷地外、道路にまで人があふれだす。モスクに入れなかった人は、マイ絨毯を持参し、その上で礼拝を行う。礼拝中に、頭や手を床につける動作があるため、野外で礼拝を行う人は、絨毯で地面をカバーするのだ。礼拝用絨毯には、だいたいアーチのような絵の刺繍がほどこされている。それは、礼拝の方角を示すミフラーブを模したもので、絨毯といえど小さなモスクがそこには出現する。
礼拝用の絨毯
モスクに入りきらず、路上で礼拝を行う人々
モスク外で礼拝を行う女性たち。腰が痛い人などは、椅子に座って礼拝を行う
ジャーミイは、大勢の人数を収容しなくてはならないため、一般的なモスクと比べると規模は大きい。そして、説教を行うためのミンバルと呼ばれる説教台などもあり、装飾などもひときわ手の込んだものが多い。また、金曜礼拝だけでなく、犠牲祭などイスラームの祝祭で行われる礼拝も、ジャーミイで行われる。
礼拝後ににぎわうモスク前。衣類や日用品などを売る露店商が登場する。
ジャーミイは、大勢の人が集う場所でもあるから、町の中心地にある場合が多い。モスクを取り囲むようにして、飲食店やショップなどが軒を連ねる。礼拝が終わると人々は、そのまま近くの飲食店になだれ込んで、食事をしたり、買い物をしたりする。イスラーム圏では、金曜日は休日。午前中は、どの店も閉まっているが、この正午礼拝を皮切りに町が活気づく。イスラーム地域を旅する際には、ジャーミイを起点として町散策をするのも面白いかもしれない。
ムサッラー
もともとはモスク敷地外のオープンスペースで祈る場所のことをさしていたが、今では空港やビル、ショッピングモールなどにある簡易的な礼拝室も含まれる。部屋の一室を礼拝を行うために改造したもので、ジャーミイやモスクと比べると、内観はそっけない。部屋には絨毯が敷かれており、礼拝の方角を示したステッカーや紙などが貼られている。部屋の中には、ご自由にお読みください、と言わんばかりにコーランが数冊置かれている。
ムサッラー で礼拝をする人
ムサッラーは、トイレのように男女で分かれている。部屋の近くには、礼拝前に手足を洗う洗い場が設置されている。イスラーム圏であれば、オフィスビルにだいたい設置されているため、社会人たちはこのムサッラーで、日中の礼拝を済ませる。また礼拝だけでなく、休憩所としても活用されており、時々昼寝をする人も見かける。
モスクでは何をする?
アラビア語のマスジド(ひれ伏す場所)という言葉にもあるように、モスクでは礼拝をすることがメインとなる。イスラームでは1日5回の礼拝が定められている(シーア派の場合は1日3回)。毎日礼拝の時間になると、礼拝を呼びかけるアザーンがモスクから流れ、時間になると集団礼拝が執り行われる。モスクに正月やクリスマスはなく、365日毎日これが繰り返される。はたから見れば同じことと1日も欠かさず時間通りに行うのは、脅威でしかない。24時間オープンのモスクも多くあり、礼拝時間外にも各々のスケジュールに合わせて、礼拝にやってくる人もいる。
礼拝以外にも、モスクはイスラーム教徒の暮らしにおいて、様々な面で関わってくる。婚姻、葬式、ちびっこへの教育、ジモティーのしゃべり場など、日常のあらゆるシーンにおいて、人々はモスクを訪れる。婚姻では、ニカーと呼ばれる婚姻契約の儀式を交わす。誰かが亡くなると、地域の人々はまず故人の遺体を担いでモスクへと運ぶ。コーランの一節を読むなど祈りを捧げて、遺体はモスクから埋葬場所へと移される。
時には、礼拝時間以外に一人物思いにふけって、コーランを読む人々もいれば、昼寝をしていたりする人もいる。イスラーム教徒と待ち合わせをすると、「じゃあモスクで」ということもあり、そのままモスクで話し込んだりすることもある。特に日本のようなイスラーム教徒が少数派の場所では、モスクがイスラーム教徒同士の交流の場にもなっている。モスクでの出会いを介して、仕事や友人関係、結婚などにも発展していく。モスクは、ムスリムたちのコミュニティの場でもあり、つながりを提供する場でもあるのだ。
日本にもモスクはあるの?
現在、日本には100カ所以上のモスクがあり、沖縄から北海道まで全国津々浦々にある。その利用者のほとんどは、留学生や在日ムスリムたちである。戦前に建てられた日本最古の神戸モスクは、神戸大空襲や阪神大震災をくぐり抜け、現代に至るまでその姿を残している。『火垂るの墓』で、焼き尽くされた神戸の町のシーンをみると、生き残ったのが奇跡のように思える。記録によれば日露戦争時に、ロシア兵の捕虜収容所にモスクがあったそうだが、現在は残っていない。
神戸モスク
東京の代々木上原にある東京ジャーミイは、イスラーム教徒でなくても訪れることができ、美しいモスクと評判を呼んでいる。一方で、日本の一般的な民家や、パチンコ店、コンビニ、カラオケ店を改装して作ったモスクもある。こうしたモスクは、留学生や日本で働く在日ムスリムたちが、自分たちでお金を出し合って作ったものが多い。
形こそイスラーム圏のモスクに比べると、こじんまりとしているが、非イスラーム圏において、工夫しながら作り出されたモスクは興味深い。こうした非イスラーム圏のモスクは、ムスリム移民が増えるヨーロッパでも急増している。
ニコロ・デジオルギスの写真集「Hidden Islam」では、イタリアに住むムスリムたちの祈りの場を紹介している。イタリア国内に100万人以上のムスリムたちがいると言われているが、その祈りの場と人々の姿は、どこか社会から隠れざるを得ないような後ろめたさがある。まるで現代の隠れキリシタンのようであり、同じ非イスラーム圏である日本のモスク風景とどこか似ている。
モスクがある国は?
モスクがない国を探す方が難しいぐらい、今やモスクは世界中にある。モスクがあるのは、何もイスラーム圏だけではない。日本もしかり、パプアニューギニアや北朝鮮にもモスクはあるという。移民増加でイスラーム教徒が増えるヨーロッパにも、日本と同様に廃屋や民家を改造したモスクが出没している。イスラーム教徒がいるところに、モスクありである。
イスラーム人口分布マップ
モスクだけが祈る場所?
基本的に清潔な場所であれば、礼拝はどこで行ってもよしとされている。イスラーム教徒のカリスマである預言者ムハンマドは、「すべての大地があなたのモスクである」といった言葉を残している。よって、駅の構内や駐車場で、礼拝用のマイ絨毯をひき、そこで礼拝をおっぱじめる人いれば、砂漠や芝生の上で、礼拝を行うケースもある。いずれにしろ、イスラーム教徒にとって重要なのは、どこで祈るかというよりも、礼拝を実践することなのである。
礼拝自体は、とても個人的な行為である。家で一人行うこともできる。しかし、一般的にはモスクで他の人々と祈ることが推奨されている。モスクで集団となって祈っても、礼拝の所作は変わらない。けれども、その他大勢の人々と同じ所作をすることで、そこには見えないコミュニティの一体感が漂うのである。