モスクの装飾


イスラームの礼拝所であるモスクは、世界に360万以上あると言われ、西アフリカから日本に至るまで、世界のいたるところにある。モスクを見ていてはっととさせられるのは、モスクがまとう模様である。トルコの巨大なドーム一面に描かれた植物文様やアラビア語のカリグラフィー。イランのイスラファーンにある金曜モスクを覆いつくす、幾何学模様と植物文様を組み合わせたモザイクタイル。

延々と続くパターンは、実際はシンプルな模様から成り立っている。同じ模様を繰り返すことができるのは、その模様が幾何学に基づいているからである。そして、壁一面やドーム全体といったように、広範囲を同じ模様で埋め尽くことによって、見る者を圧倒させる圧巻の装飾となる。

イスラームの3大装飾

イスラームの3大装飾と言われているのが、幾何学模様カリグラフィー植物模様である。植物模様は、日本やヨーロッパではアラベスク模様としても知られる。アラベスク模様は、あくまでヨーロッパからみた”アラビア風の模様”という意味なので、現代ではそれほど一般的に用いられていない。

模様は壁面だけでなく、モスクのドア、ステンドグラス、絨毯といったものから、ミンバルと呼ばれる説教台、コーラン台、ランプなどモスク内にあるあらゆるものが、こうした模様で彩られている。モスクというのは、イスラーム美術の伝統工芸品が集まったギャラリーのような場所とも言える。

イスラームの装飾

シェイク・ロトフォッラーモスク、イラン、イスファハーン植物模様とカリグラフィーで装飾されたシェイク・ロトフォッラーモスク。植物文様に形どられた窓から入ってくる光によって、タイルの色も違って見えてくる。イラン、イスファハーン

東南アジアでもっとも精巧なタイル装飾を持つと言われているシャー・ジャハーン・モスク。タッター、パキスタン

イスラーム建築において特有なのが、ムカルナスと呼ばれる建築装飾である。鍾乳石飾りや鉢の巣に似ていることから、英語ではハニーコム・ヴォールト(蜂の巣天井)やスタラクタイト・ヴォールト(鍾乳石天井)とも呼ばれている。平面に描かれた幾何学図形を3次元に応用したもので、正方形の部屋にドームをかけるスキンチと呼ばれる構造から生まれた。11世紀頃からイランや中央アジア等で見られるようになり、その後、アルハンブラ宮殿のアベンセラヘスの間に見られるようにスペインやカイロなど西方にも広まった。幾何学模様と同様に、複雑なパターンに見えるが、一定の形をしたパーツを組み合わせることで出来上がる。高橋士郎氏のサイトでは、地域や様式別に分類したムカルナスの平面図が網羅されており、イラン現地の建築家を始め多くの海外アーティストも引用するサイトとなっている。

アルハンブラ宮殿_ムカルナスアルハンブラ宮殿のアベンセラヘスの間にあるムカルナス天井。イスラーム世界において、もっとも複雑かつ精巧なムカルナスの1つだと言われる。

イスラームの模様は、いずれもイスラーム以前にあった古代の模様を発展させたものである。幾何学模様は古代ローマの時代にすでに使われていたし、植物模様は古代エジプトではロータス(蓮)、メソポタミアではパルメット(ナツメヤシ)といったモチーフが使われ、古代ギリシャにおいてそれらが蔓模様と組み合わさり、それがイスラームの植物文様へとつながっていく。カリグラフィーにおいては、ビザンチン美術では建築や工芸品にギリシャ文字を入れる習慣があり、それがアラビア文字に置き換えられていった。

また、イスラーム建築だからといって、必ずしもムスリムの職人が装飾やモスク建築にたずさわっていたわけではない。特に初期のアラブ人やムスリムは、建築や装飾に関して、高い知識や技術を持っているわけではなかった。現存する最古のイスラーム建築である岩のドーム内部には、ビザンチンのモザイク装飾がふんだんにほどこされている。その中には、ビザンツ帝国やサーサーン朝の王室宝石を表現したモチーフなどを見ることができる。イスラーム的な装飾といえば、アラビア語のカリグラフィーぐらいで、モザイク装飾はビザンチン職人によってほどこされたと見られる。

モスクに使われるのは、イスラームの装飾だけに限らない。トルコでは、ロココやバロックなどヨーロッパの影響を受けた装飾や、非イスラーム圏の国ジョージアでは、現地の伝統的なモチーフを取り入れた例も見られる。

ダマスカスモスクシリアのダマスカスにあるウマイヤ・モスク。ウマイヤ朝の時代に建てられた現存する最古のモスク。もともと教会であったが8世紀にモスクへと改築された。シリアはローマ帝国の影響が強かった場所の1つで、ビザンツの装飾がほどこされているが、人間や動物などは描かれていない。

現地のモチーフを取り入れたジョージアのモスク

このように、イスラームの装飾は、もともとその土地にあった芸術にイスラームの要素を加えながら発展を遂げていく。模様は、文字のように雄弁に語らないが、その姿でもって当時の時代背景や歴史を語りかけてくるものなのかもしれない。

偶像崇拝と具象表現

一般的にイスラームでは偶像崇拝が禁止されているため、動物や人間といった具象表現に乏しいと言われる。イスラームにおいては、動物や人間などの生物は、万物の創造主であるイスラームの神アッラーによって作られると考えられている。動物や人を作り出すのは、神のみに許される行為であって、一介の人間が生物を作り出すとは、業が深いというのである。

偶像崇拝禁止のルールがあるとはいえ、イスラーム美術から具象表現が完全に排除されたわけではない。トルコやペルシャの細密画や写本、絨毯、金属器などの美術作品や宮殿などの世俗的な建物には、人間や動物の絵が描かれている。ただ、神に祈りを捧げる宗教色が強いモスクには、厳格にそのルールが守られていたため、モスク装飾において、動物や人物画を見ることはまずない。神に祈る場所なのに、モスクに描かれた動物や人を神だと思って崇められては困るからである。イスラームが誕生する前の無明時代、メッカの人々は多神教を信じ、石像などを崇めていた。預言者ムハンマドはそれをみて、そうした古代宗教とイスラームを区別をつけるため、偶像崇拝を厳しく非難したという。例外もあり、トルコのディヴリーイの大モスクやディヤクバル大モスクには、鳥やライオンなど動物のレリーフを見ることができる。

偶像崇拝禁止というルールは、イスラーム特有というわけではない。ユダヤ教でも偶像崇拝は禁じられており、ユダヤ教の礼拝所であるシナゴーグには、神を具現化したものや、偶像の姿は見当たらない。まだ古代日本においても、もともと神は姿形を持たないものであった。仮に神が現れても神の姿を見たり、その姿を具現化することはタブーと考えられていた。しかし、仏教が伝来することで、神が仏教に帰依したという体で、仏像としての神が作られるようになった。どうやら人というのは見えないものよりも、見えるものにすがりたがる傾向があるのだろう。

西洋美術への影響

イスラーム模様は、西洋にも影響を与えた。日本でもよく知られるウィリアム・モリソンとって、イスラーム模様はインスピレーションの1つだった。モリスは「われわれパターンデザイナーにとって、ペルシャは聖地となった。なぜなら、われわれの芸術はそこで完成したからだ」と語っている。だまし絵で知られるエッシャーは、少年時に訪れたスペインのアルハンブラ宮殿にあるモザイク模様を見て、数学的な構造に興味を強く持ったという。

イスラーム模様が、龍や雲、宝相華など中国風の模様にインスピレーションを受け取り入れたように、ヨーロッパの芸術家たちもイスラーム模様からインスピレーションを経て、独自の芸術を作り出していった。装飾というのは、西洋から見れば副次的なものに過ぎないのかもしれないが、世界中を駆け回る模様のバトンリレーによってつむがれた人類の芸術作品なのかもしれない。


参考資料
イスラーム建築、神谷武夫
イスラームの美術、枡屋友子
中東・オリエント文化事典、鈴木董編
イスラーム建築の見かた―聖なる意匠の歴史 深見 奈緒子
見てはならない神々の表現と受容、山本陽子