マレーシアの小さな王都にたたずむ異質で魅惑的なモスク

スルタン・スレイマニ・ロイヤル・モスク、クラン、マレーシア

マレーシアには申し訳ないが、正直なところ、マレーシアには面白いモスクが少ないな、というのがこれまでの感想だった。見応えのあるモスクはあっても、装飾の精密さや、地元文化を取り入れたローカル性というのが、少ないなというのが印象であった。

そんな中、出会ったのがクランにあるスルタン・スレイマニ・ロイヤル・モスクである。クランは、マレーシアの首都クアラルンプールから西へ、車で1時間ほどの場所にある。

なぜこのモスクに行こうかと思ったかというと、その見た目である。暑苦しいほどの重厚感である。一年中暑いマレーシアでは、どちらかというと大理石を使った白やブルー、グリーン、ゴールドといったカラフルな色を使ったモスクが多い。

なぜこの土地に逆行したモスクがあるんだ・・・

その謎を解くため、モスクへと向かった。

観光客向けのモスクではないが、受付で国と名前を登録する。記帳を見るからに、日本や台湾、オーストラリアなど各国から観光客はちらほら来ているらしい。

暇そうにしていた受付のおっちゃんが、張り切ってガイドをしてやろう!とのたまう。争う理由はないので、ただそれについていく。

「マレーシアにはどれぐらい住んでるの?」
「どこの会社で働いているの?」
「なんの仕事しているの?」
「結婚はしないの?」

マレーシアでは、お決まりのテンプレ挨拶である。どうしてマレーシアでは、モスクに入るだけで、こんなに個人情報を聞かれるのだろうか。

モスクが建てられたのは1932年。現在のモスクは、当時の建物そのものだという。モスクを建築したのは、イギリス人建築家で、モスク自体はムーア様式、アールデコ様式などの様式が取り入れられている。

ちょうど、アールデコが流行ったのは1910年から30年代にかけてのことだ。当時のトレンドや、ヨーロッパ人が思うイスラームっぽさを詰め込んだのが、このモスクなのだろう。

特徴的なのは、様式だけでなくその構造にもある。モスクを真正面から見ると、モスクは見事なまでに左右対称。そして、ミナレットと呼ばれる尖塔がなんとセンターを陣取っているのだ。おかげでモスクのトレードマークというべき、ドームが隠れてしまっている。


ステンドグラスをあしらったモスク内部。ヨーロッパなど冬が長い地域では、光を室内に取り入れるために大きなステンドグラスは活躍するが、ここマレーシアではその必要性はなさそうだ。

アラブやペルシャ、トルコ地域に比べて、マレーシアのミンバル(説教台)のサイズは非常に大きい。両脇にはセランゴールの旗が掲げられている。

このモスクは、当時この場所を統治していたイギリスから、この土地のスルタンに送られたギフトである。町の中心地から離れた場所に、なんでこんなでかいモスクがあるんだと思ったが、このモスクは王宮のすぐそばにある。王族の所有物と考えれば、こんな辺鄙な場所にあるのもうなずける。

モスクの中へ入ると、暗い外壁の色とは真逆の明るい装飾がお出迎えをしてくれる。


モスク内部とは違い、鮮やかな色でのびのびと描かれている壁画。


ミナレット内部。通常モスクの中へ入るとメインホールが広がっているが、このモスクに限ってはミナレットの中を通り、メインホールへ入るという不思議な構造になっている。

どう見たって、釣り合っていない。ガイドのおっちゃんに説明を求めると、

これはセランゴールのテーマカラーを使って、クランの風景をイメージしているんだよという。クランへ行く道すがら、民家にはマレーシアの国旗に加え、黄色と赤の旗をちらほら目にした。あれは州の旗だったのか!とはいえ、一歩間違えれば、旭日旗にも見えなくはない。


セランゴールの王族等が眠るお墓。こちらのステンドグラスにも、セランゴールカラーが使われている。

セランゴールという地元の文化をあしらった装飾に、イギリス統治時代を伝えるモスク建築。歴史とローカルのコンボセットを堪能している私の横で、またおっちゃんが話を続ける。

「そういえば、今の日本の天皇の名前って何?前はアキヒトだったよな」
「天皇の子供は女の子一人しかいないんだろ。じゃあ、この先は誰が後継者になるんだ?」

などマニアックな質問を連射してくる。天皇は天皇であって、天皇の名前なんか考えたこともなかった・・・

「俺はな、ショーグン時代から日本については知っているんだ」

うーん、この人は日本の歴史マニアなのだろうか。それとも、世代的に日本が占領していたことが関係しているのだろうか。

そこへ、ジモティー観光客が大群になって押し寄せてくる。モスクにいる日本人が珍しいのか、記念写真をパシャパシャと数枚。マレーシアで、日本人なんぞさして珍しい存在でもないのに・・・

けれども、マレーシアのモスク巡りの楽しさは、こうした人々の懐っこさにあったりするのかもしれない。