モスクと一口に言っても、実際のモスクを見てみると、ちょっと困惑してしまう。モスクです!と当人は名乗っているが、その姿形は地域によってバラバラだからである。巨大なドームがあるものから、平屋みたいなモスク、色や素材も違う。一体、何をもってモスクと言うのだろうか。
イスラーム教徒とモスク
神社や教会と比べると、モスクはこれがないとダメといった厳格なルールはない。なんとなく同じようなものを見るなあ、といったゆるい共通点があるぐらいだ。そもそも、初期のムスリムたちは、預言者ムハンマドが「信者の富を食いつぶす最も不利益なものこそは、建物である」と言ったせいか、礼拝の場としてのモスクにそれほど関心を示していなかった。あくまでも重要なのは、メッカの方角を向いて祈ること。神様が宿る場所だから、立派に作ろうと言った意気込みはそこにはない。体裁よりも、行動を実践することを重視する宗教なのである。
崇拝対象である神様や仏がいると考えられているから、人々は神社や寺へ行き祈る。自宅や道端で仏様や神様に祈るのは、とんちんかんな行為にすら思える。第一ご利益がなさそうだ。イスラームの神アッラーは、見えもしないし、特定の場所にいるわけでもない。よって、「すべての大地があなたのモスクである」というムハンマドの言葉にあるように、清潔な場所であれば、基本的にはどこで祈ってもOKなのである。むしろモスクは、集団で礼拝ができるスペースを提供することで、ムスリム同士の連帯感を高めることを意図した場所となっている。
モスクの始まり
最初のモスクであり、その後のモスクの原型となったのが、サウジアラビアのメディナに作られた預言者ムハンマドの家である。現在は、「預言者モスク」となり、ムハンマドの霊廟もその中にある。
預言者ムハンマドの家は、信者の増加とともに増改築されていった。ムハンマドの家は、レンガの壁で囲まれた広い中庭、ムハンマドと妻たちが暮らした小さな小屋、暑さを遮るためヤシの葉で作られたひよけスペース(この地域の日差しは冬でも強く、夏は40度近くになる)から構成されていた。
預言者ムハンマドの家を再現したイメージ
宗教的なリーダーであり、政治的な指導者でもあったムハンマドの周りには、日に日に多くの信者が集まるようになった。そうした信者とともに、中庭で礼拝を行なっていたのだろうと思われる。このように広い中庭と、いくつもの柱が支える屋根がついたスペースは、「アラブ型」や「多柱式」と呼ばれている。
モスクの中はどうなっている?
教会や神社に比べると、モスクの敷地内や建物内はいたってシンプルなスペースである。イスラームの礼拝は、基本的に道具を必要としない。身一つで完了するものである。教会のように信者が座る椅子があるわけでもない。礼拝は床に立って行うため、床に絨毯が敷かれているぐらいだ。
また、御神体や仏像、イコンなど目に見える崇拝物も存在しない。偶像崇拝が禁止されているため、人や動物の絵画は徹底的に排除されている。モスク内にそうしたものがあれば、人々はそれらを神格化する可能性がある。あくまでムスリムが祈るのは、イスラームの神アッラーだけである。
モスク内の礼拝スペースは、男女で分かれている。カーテンやパネルで仕切られていたり、1階部分が男性の礼拝スペース、2階が女性用スペースと、階で分かれている場合もある。男女が一緒に礼拝をすると、「あの子かわいいな」とか「あの人イケメンやわ」などと気が散り、礼拝に集中できないという理由からである。
イスラームの社会では、モスクに限らず男女がみだりに交わらないような仕組みになっている。モスクでは、基本的に男性のスペースが前にあり、男性スペースの方がずっと広い。これは、成人男性が金曜礼拝の際にモスクでの礼拝義務があるのに対し、女性にはないからである。その証拠に、どのモスクでも訪れるのは圧倒的に男性が多く、女性は少ない。
モスクの特徴
先ほどモスクの外観は、地域によって大きく異なると書いたが、それでも大半のモスクに共通する設備や特徴がある。
集団で礼拝ができるスペース
モスクは、地域の人々が集団となって礼拝を行う場所でもあるから、ある程度人が入れるスペースが必要となる。広さに制限はないが、少なくとも最低10人程度の大人が入れるスペースは欲しいところである。小さなモスクの場合は、女性用の礼拝スペースが省かれているケースもある。
モスク内は土足厳禁で、靴を脱いでモスクへと入る。モスクによっては、下駄箱が設置されている場所もあるし、ない場合はモスク入り口付近に靴を置いておく。ほとんどのモスクは、絨毯やゴザのような敷物が敷かれている。イスラームでは、礼拝は清潔な場所で行わなければならないというルールがあり、礼拝の動作には頭や手足を床につける所作が含まれている。絨毯があることで、清潔感を保ちつつ、快適に礼拝を行うことが可能となる。
沐浴所
日本においては、清潔であることは身だしなみのマナーのようなものだが、イスラームでは、特に清潔は重要視される。礼拝は、清潔な身体で行わなければならない。そうでない場合に行われた礼拝は、礼拝を行っても無効とされるからだ。ちなみに同じような理由で、生理中の女性はモスク内に入ることや、神聖なコーランに触れることが禁じられている。
そのため、ほとんどのモスクに設置されているのが、沐浴所や泉亭と呼ばれる洗い場だ。イスラームの人々は、礼拝前に、顔や手足を決められた順番かつ回数洗う。これをウドゥー(清浄)と呼ぶ。神社に参る時に、日本人が手水舎で手や口を洗うのに似ている。
礼拝の時間帯になるとわーっと人が押し寄せるため、何人もが同時に利用できなければならない。沐浴所には座るための低い腰掛けがあり、その前に蛇口がついている。日本の銭湯にある洗い場に似ている。またモスクにはたいていトイレが設置されているので、イスラーム圏の旅の途中にトイレに行きたくなったら、モスクに駆け込むのもありだろう。
ミフラーブ
イスラーム教徒は、メッカにあるカアバ神殿の方角を向いて、礼拝を行う。よって、どこで祈るにしても必ずメッカの方角(キブラ)を知らなければならない。今では携帯のアプリなんかで、方角がチェックできるし、ホテルの客室天井にはメッカの方角をさしたステッカーなどが貼られている。
モスクには、ミフラーブと呼ばれる壁のくぼみがある。このミフラーブが礼拝の方角を示している。ミフラーブは基本的に建物の正面にあり、イマームと呼ばれる宗教的指導者を先頭にして、人々はミフラーブに向かって礼拝を行う。ミフラーブがある壁は、キブラ壁と呼ばれ壁全体がメッカの方角を指す役割を果たしている。本来であればキブラ壁があればミフラーブはなくてもよいのだが、どうしてもつけたかったらしい。
ミフラーブはモスク内でも特に張り切った装飾が施されている。しかし、ミフラーブは礼拝に必須の設備でなかったためか、初期のモスクにはミフラーブは設置されていなかった。ミフラーブがモスクに登場するようになったのは、8世紀ごろのことである。
またミフラーブは、イスラームの独自のものではなく、その起源は諸説ある。教会にあるアプス(後陣)や宮殿の玉座、ユダヤ教のシナゴーグで聖典を収めるための聖櫃、古代の神殿において崇拝対象である彫像を置いただ場所などがある。
ミフラーブに限らず、イスラームの儀式や建築の特徴は、イスラームオリジナルというよりも、他の宗教や文化を土台としたものが多い。例えば、礼拝の方角。今ではメッカにあるカアバ神殿になっているが、イスラーム教を立ち上げた当初は、祈りの方角はエルサレムだった。当時アラビア半島に住んでいたユダヤ人にならったものだと言われている。しかし、イスラームの独自性を出していこうということで、立ち上げから数年後に、礼拝の方角はメッカに変更される。
教会のアプス(後陣)
ミナレット
集団で礼拝をする際には、「みんなあ、礼拝をやるよお」という呼びかけの合図が必要である。そうした呼びかけを行うのが、ミナレットと呼ばれる塔である。呼びかけは、アザーンとも呼ばれ、イスラーム圏を旅した人であれば、一度は聞いたことがあるだろう。モスクから流れてくる大音量の声。その正体がアザーンである。
もともとは、人が塔に登り地声で呼びかけていた。預言者ムハンマドの時代には、屋根から呼びかけていたという。呼びかけを行うのは、誰でもよいわけではなく、呼びかけのスキルと経験を兼ね備えたムアッジンと呼ばれる者が行う。スキルのない者が呼びかけると、まるでジャイアンのリサイタル状態になり、聞いているだけで苦痛になる。
しかし、現代においてはどのミナレットにも、スピーカーが設置されたため、ミナレットは機能的な設備というよりも、とりあえず作っとくかというような装飾的な設備と化している。ミフラーブと同様に、礼拝に必須というわけでもないので、モスクに設置されるようになったのは、8世紀以後のことであった。
ミナレットも他の文化や宗教にインスピレーションを受けたもので、その起源はキリスト教の鐘楼、ローマ人の監視塔、灯台など諸説ある。ミナレットは、もともとフランス語であり、アラビア語では目印や灯台を意味するマナーラと呼ばれる。日本語では「光塔」と訳されていた。
ミナレットのデザインは、地域や時代によって様々である。また、モスクによっては複数本のミナレットが設置されている場合もある。通常のモスクであれば大体1~2本だが、ジャーミイなど町の中心的なモスクや、大規模なモスクともなると、4~6本と増えていく。最多のミナレットを持つのは、聖地メッカにある聖モスクで、ミナレットは9本もある。もともとは、礼拝を呼びかけるための塔だったが、近現代になるとミナレットの数は、為政者の権威やモスクの風格を暗に意味するものにもなっている。
ミンバル
イスラームの人々にとって、金曜の正午礼拝は格別である。通常の礼拝と違い、この時だけはジャーミイや金曜モスクと呼ばれる町の中心的なモスクへ行く。礼拝に加え、イマームと呼ばれる宗教指導者が、フトバと呼ばれる説教を行う。イスラームの教えについて、あれこれと説明するのである。この際に、登場するのがミンバルと呼ばれる説教壇である。学校の先生が、教壇に立ってあれこれ言うように、イマームもミンバルに立ち、あれこれと言うのである。
基本的にミンバルは、モスクの入り口から入って正面にあり、ミフラーブに向かって右側に設置されている。ミンバルは木材で作られていることが多いが、中には石やレンガ、アクリル板で作られたものもある。特に木彫りの技術が優れた地域では、工芸品という言葉がふさわしいぐらい、精巧に作られている。トルコでは、接着剤や釘などを一切使用せず、木片ピースを組み合わせるクンデカリと呼ばれる技法で作られたミンバルがある。その技法は、日本の伝統技術でもある組子と通じるところがある。
ミンバルは、ミナレットやミフラーブよりも歴史は古く、預言者ムハンマドの時代から使われていた。ムハンマドの時代に作られたミンバルは、2つの階段の上に玉座を思わせる座席がついたものだった。チュニジアのカイラワーン大モスクには、現存する最古のミンバルがある。