人生の中で最も心踊る瞬間は、未知の土地へ出発する時だと思う。
––––リチャード・フランシス・バートン
聖モスク、メッカ、サウジアラビア
日本人が、死ぬまでに見たい絶景!と鼻息を荒くするように、イスラーム教徒たちも、人生に一度はあの地へ訪れることを夢見る。それが、イスラームの聖地メッカである。「若者文化のメッカ」というように、物事の中心地として人々が集まる場所を指すメッカも、このイスラームの聖地に由来している。
聖地メッカだが、天空の城ラピュタのように、空想上の場所のような気もする。なにせ、イスラーム教徒以外は立ち入り禁止だからである。ゆえにメッカという存在を確認できるのは、基本的にはイスラーム教徒だけであって、そのほかの人々にとっては、実在するのか自分で確かめようがない場所なのである。メッカへ続く幹線道路には、ところどころに検問所があり「異教徒は入れません」と何ヶ国語かで書かれた標識がある。道路にある看板広告も、聖地仕様になっており、サムスンのスマホ広告には「神はあなたの祈りを受け入れるだろう」という、巡礼者に寄り添う文言が掲げられていた。
メッカに訪れる巡礼者は国内外を含めて年間約1,000万人以上と言われる。ほとんどの巡礼者は、メッカだけでなく第2の聖地マディーナも訪れる。預言者ムハンマドによる最初のモスクが作られ、現在は「預言者のモスク」と呼ばれるモスク兼ムハンマドの墓廟があるからである。メッカ、マディーナという2大聖地を抱えるサウジは鼻が高い。巡礼はともするとドル箱のビジネスである。なにせ何もしなくとも、毎年大勢の巡礼客が世界中からやってきてお金を落とすからである。
巡礼客は大まかに分けて2パターンに分かれる。いわゆるハッジという巡礼シーズンに行う大巡礼。それ以外のシーズンに巡礼するウムラと呼ばれる小巡礼がある。いずれにしろ巡礼者が目指すのは、カアバ神殿があるマスジド・ハラーム(聖モスク)である。
カアバ神殿は、イスラームの人々にとっての世界の中心地である。ムスリムが礼拝をするとき、世界のどこにいても、このカアバ神殿の方角に礼拝をするからである。通常、モスクにはこの方角を示すためのミフラーブがあるが、聖モスクには、それがない。
イスラーム世界の中心地、カアバ神殿。そして神殿を取り巻く聖モスク。さぞかし特別なモスクに違いないと思うのだが、装飾や建築技法という観点で見ると、聖モスク自体はそれほど特筆すべきことはないように思える。いや、もはや通常のモスクを語るような観点では語れないのだ。
年々増え続ける巡礼客を受け入れるため、拡張工事が続けられ、もはや建物としての情緒はそれほどあふれていないし、それを感じる暇もない。メッカがオスマン帝国の支配下にあった時代には、イスラーム建築の巨匠シナンも、聖モスクの改修にたずさわったそうだが、その面影は今に見ることはできない。そもそも聖地を人工的に拡張させるというのも不思議な話だし、拡張工事により地中に眠る重要な遺跡群が破壊されているという指摘もある。果たして、その工事は巡礼者のためなのか。それとも、サウジ政府の懐のためなのか。
右手奥に見えるのが聖モスク。周りには、モスクに入りきらないムスリムたちが、礼拝のため並んでいる。聖モスクにはミナレットが9本あり、それ以上のミナレットをもつモスクは存在しない。ミナレットの数は、権威でもある。
古き時代のカアバ神殿の様子
建物自体はさておき、聖モスクの構造は唯一無二である。中心にカアバ神殿を据え、それを取り囲むようにモスクが立っている。聖モスクそれ自体よりも、重要なのはカアバ神殿である。カアバ神殿は、イスラーム以前から巡礼の地となっていた。はたから見ると黒い立方体である。黒く見えるのは、キスワ(アラビア語で”覆い”という意味)と呼ばれる黒い布が覆いかぶさっているからである。イスラーム以前には、動物の皮や白、赤、緑の覆いが使われていたが、アッバース朝時代に、黒色のキスワがかけられ、今に定着している。神殿の中には何があるのか。めぼしいものは何もない。部屋の中には3本の柱と小さな祭壇、そしてランプがぶら下がっているだけである。巡礼者とはいえ、この中に入ることはできない。人々は巡礼の喜びを表現して、カアバ神殿にタッチしたりキッスしたりするのである。
聖モスクからカアバ神殿へ
重要なのは、聖モスクは祈りの場であると共に、巡礼の場でもあるという点である。聖モスクには、巡礼地ならではのアトラクションを備えたスペシャル仕様のモスクになっている。巡礼者は、まずカアバ神殿を反時計回りに7周する。これを「タワーフ」と呼ぶ。こうした記念碑の周りを回るという儀式は、イスラーム以前からあり、もともとこの地にあった土着の宗教にならったものだと思われる。そもそも、メッカやカアバはイスラーム独自の聖地というより、古い時代からすでに神聖な場所であった。ギリシャの天文学者プトレマイオスは、メッカをマコラバと呼んでいた。
カアバの周りを7周と言っても、それほど楽な行為ではない。照りつける強い日差し。まるで己がローストチキンになったかのようである。カアバ神殿に近づくほど人々は狂信的になり、人で揉みくちゃになる。
カアバ神殿を見上げると、そこにあるのはカアバ神殿だけではない。神殿のはるかうえにそびえ立つのが、高層ビル群である。その中には、世界最大のホテル兼時計塔がそびえ立つ。もはや聖地のコンセプトが何なのかよく分からない。
カアバ神殿の周りを周回する人々
聖モスクを見下ろす巨大な高層ビル群。オイルマネーの賜物か。
タワーフが終われば、お疲れさんと言わんばかりに、水飲み場にありつける。それは単なる水飲み場ではなく、聖水とされるザムザムの泉がわき出る場所である。泉と言っても、蛇口をひねると聖水が出る仕組みとなっており、その見た目は小学校にある水飲み場によく似ている。ザムザムの泉は、メッカ各所やジェッダ空港でも販売されており、巡礼客の間では、絶対に外せない土産となっている。
聖水で一息ついた後、巡礼者はマルワとサファと呼ばれる2つの岩の間をこれまた7回行き来するのである。これを「サアイ」と呼ぶ。岩なので、もともとは屋外にあったはずだが、少しでも巡礼を快適にさせようという粋な計らいによって、クーラーが効いた室内に取り込まれた。よって、モスク内に猿山のような岩が2つ鎮座するという、珍景がそこにはある。こうして、大量の巡礼者受け入れと、快適な巡礼遂行のための拡張により聖モスクは、世にも奇妙な形をするモスクとなった。
聖モスクの図。「メッカ:聖地の素顔」より引用
マルワとサファの岩山をつなぐサアイの廊
メッカの聖性を演出するのは、カアバ神殿や聖モスクだけではない。そこにいる巡礼者たちもまた、聖地の演出になくてはならない存在である。高層ビルでにぎわう上空に対し、地上は世界中からの巡礼者たちでひしめいている。どこもかしこも渋谷のスクランブル交差点状態である。迷子になること必須と見えてか、団体客は目印として同じようなカバンやバッジなどをつけていた。あこがれの巡礼地にはるばるやってきた、という感慨からか、巡礼者たちの顔には高揚感がただよっていた。巡礼者たちが醸し出す熱気は、フジロックフェスよりも、夏コミよりも、アツい。
メッカはあらゆる点で、世界で他に類を見ないような奇妙な光景が広が言っている。イスラーム世界の中心であるカアバ神殿。それを取り巻く巨大な聖モスク。そして聖モスクを拡張するために稼働する巨大な重機が立ち並ぶ。地面を埋め尽くすのは、世界中からやってきたイスラームの人々。見た目も話す言葉もまったく違う人々なのに、イスラームというたった1つの共通性を持って、ここに集結している。そうした巡礼者たちを見下ろすのが、聖地とはアンバランスな高層ビル群。カアバ神殿を中心に出来上がった不思議な空間がそこには出現している。