他人に何が起きたかという物語に満足していてはならない。自らの神話を展開せよ
––––ジャラール・ウッディーン・ルーミー
モハメド・アブドゥルハリク・ガーガシュ・モスク、ドバイ、UAE
DIFCモスク、ドバイ、UAE
久しぶりにドバイに訪れた。4年半住んだドバイを離れてはや数年。中東のハブということもあって、どうあがいても必然的に降り立ってしまう場所である。久しぶりのドバイは、もはや赤の他人だった。見慣れた町の風景、人々。何も変わっていない。けれども、その中に私の生活はもはやない。それでも、ドバイは今日も変わらず続いている。不思議な感覚だ。
6時間のトランジット滞在で、まず空港から向かったのは、アル・クオズ地区にあるモスク。通常、空港からだとホテルや住居エリアに向かうのが相場である。マイナーなモスクを目的地に設定してしまったため、運ちゃんも「どこそれ?」という有様である。
モハメド・アブドゥルハリク・ガーガシュ・モスク(以下モハメド・モスク)は、2021年9月にオープンした出来立てほやほやのモスクである。新興都市ドバイでは、いまだにポコポコと新しい建物や住居エリアが登場している。このモスクは単に新しいだけではない。モスクを手がけたのは、サウジの女性建築家、スマヤ・ダッバーグ氏で、モハメド・モスクはUAEで初めて女性建築家が手がけたモスクということでも、注目を集めた。
世界で360万以上あると言われるモスクだが、モスク建築やデザインにおいて、女性が登場することはこれまでにほとんどなかった。10万近くのモスクがあるトルコでも、女性デザイナーによるモスクが誕生したのは、ほんの10年前の話である。
ドバイも含め、オイルマネーで勃興した湾岸諸国には、伝統モノはほとんどない。伝統はないが、新しいモノはたくさんある。よって、現代的な価値観やシステムのもと国づくりが行われている。伝統や歴史が足かせとなって、旧体制や古い価値観にとらわれている国にはない、スピード感と清々しさが、この国にはある。
モスクにもそれがあらわれている。ドバイのモスクは伝統よりもモダンで装われている。これまでモスクを彩ってきたのは、様々な字体のカリグラフィー、複雑な幾何学模様、延々と続く植物文様であった。まるで空白恐怖症かのように、これらの模様がスキマなく建物をおおった。彩色タイルやフレスコ画、大理石など色とりどりな素材や色彩が持ち込まれた。
一方、モハメド・モスクは色にしても装飾にしてもシンプルである。歴史的なモスクでは主に6、12、10角形から派生した複雑な幾何学模様が用いられることが多いが、モハメド・モスクを装うのは、小学生でも描ける三角形である。ひたすら三角形を散りばめることで、幾何学的な美しさをあらわしている。そして建物全体をまとうのは、まっさらな白。年中ピーカンで青空が広がるドバイの空に、純白の建物が映えている。
1,000人を収容できるというモスクだが、モスク内はまばらだった。時間帯もあっただろうが、人気がなさすぎて、逆に寒々しさある。ドバイにはこの手の建物が多い。建築家が意気込んですごい建物を作ったとしても、場所によっては利用者の数が少なく、なんだか悲しくなってしまう残念な現象である。モハメド・モスクは、工業地帯にありモスクはハイウェイに面している。近隣住民が、気軽にやってきて礼拝をする場というよりも、ドライブスルーのごとく車で乗り付けて礼拝に立ち寄る人々の姿が見られた。
次に向かったのが、金融地区として知られるドバイ国際金融センター(DIFC)のモスクである。その名の通り、金融やコンサル系の会社が多くあり、六本木や麻布界隈のような雰囲気を放っている。ここには近未来的な建物が乱立しており、トムク・ルーズ主演の「ミッション・インポッシブル」の撮影でも使われた場所である。
さて、そんな近未来感ただようエリアにあるのが、DIFCモスクである。2020年に建てられた近代モスクで、こちらも白を基調とし12角形の幾何学模様によって覆われている。ショッピングモールを抜けて、エレベーターを利用してやっとたどり着ける場所にあり、ちょっとしたクエスト感がある。
DIFCモスクの外観
ミナレットの形も近代的
モスクの写真を撮っていると、警備員が近づきて「スマホならいいが、カメラで撮るなら建物のオーナーの許可を取れ」とのたまう。モスクを撮影してきてそんなことを言われたことはないし、そもそもモスクは公共の建物じゃないのか。そもそもモスクに”警備員”がいて、モスクを”監視”しているのも、違和感がある。
ドバイのモスクを見ていて気づいたのは、多くのモスクが夜に”映える”設計がされているということである。この国で人々が活発に動くのは、日が暮れた後である。日中は40度近くになるし、日差しが強すぎて外に出る気になれない。ショッピングモールが一番盛り上がる時間帯が夜の9時から深夜にかけてである。よって人々がモスクにやってくるのも夜。モスクだけでなく、ドバイの多くの建物は夜の方が圧倒的に映える作りになっている。ちなみにドバイには、日本人建築家が作ったモスクもあるが、そちらもやはり夜の方が映えている。
夜のDIFCモスク。やはり夜の方が映えている。写真はDIFC公式サイトより
4年半もいたのに、今さらそんなことに気づいた自分にあきれた。けれども、同じ場所にずっといれば見えてくるわけではなくて、視点を変えて初めて見えることもあったのだなと気付かされた。久しぶりのドバイ訪問は、そんなモスク探訪で幕を閉じた。