イラン・モスク、ドバイ、UAE
イマーム・フセイン・モスク、ドバイ、UAE
高層ビルが立ち並ぶ砂漠のリゾート都市ドバイ。この都市はとにかく妥協を許さない。世界一の高層ビル、ブルジュ・ハリファ、世界最大の人工島パーム・ジュメイラ、世界で一番高いホテルなど、埼玉県ほどの広さしかない町には、世界一を冠する建築や場所が多くある。
「2番目にエベレストに登った人や月へいった人なんて誰も覚えていない。人々の記憶に残るのは一番だけだ」という、ナンバーワンにこだわるドバイのムハンマド首長のもと、ドバイでは”世界一作り”が敢行されている。資源に乏しい都市の生き残り戦略の一環だ。その戦略は功を奏し、ドバイは世界から脚光を浴び続けている。おかげで首都のアブダビより知名度が上がり、ドバイがUAEの首都だと思う人も多い。ドバイはオイルマネーで潤ったのでは?と思われがちだが、オイルマネーで潤うのは隣のアブダビ首長国。ドバイの石油埋蔵量はアブダビの30分の1。そのため、石油なしで発展する方法を見出さねばならなかった。実際にドバイ経済は、貿易、航空、観光などで支えられている。
世界一にあふれるドバイには、世界一を冠するモスクがない。これだけ世界一ざんまいなのだから、あってもおかしくはない。それに、ドバイのモスクはこじんまりとしたものが多く、どうもパッとしない。巨大なフレームの形をしたドバイフレームのように、常人の理解を超えた奇妙な建物作りに精力的になる一方で、モスク建築にはさほど力を入れていないように見える。これが普通の町であれば、問題ないが、何でも世界一にならないと気が済まないドバイである。一方でアブダビには、世界一巨大なシャンデリアや絨毯といった、世界一を持つシェイク・ザイード・モスクがある。はて、これはどういうことか。
7つの首長国からなる連邦制のUAEにおいて、ドバイは知名度こそあるが、真のボスはアブダビである。石油埋蔵量が豊富ということもあるし、建国の父シェイク・ザイードの出自である部族一家が、代々アブダビを牽引している。 UAE大統領はアブダビの首長、副大統領はドバイの首長と、パワーバランスではアブダビの方が上である。同じUAE人じゃないのか?と思うが、アラビア半島はもともと部族社会であった。UAEという国ができたのは、1971年とつい最近のことである。ゆえに、彼らにとってはUAE人というアイデンティティよりも、部族やムスリムとしてのアイデンティティが強い。7つの首長国に分かれているのも、7つの異なる部族が管轄していたためである。
話をドバイとアブダビに戻そう。ドバイのランドマークになっている世界一高い高層ビル”ブルジュ・ハリファ”は、当初は”ブルジュ・ドバイ”という名前になる予定だった。ブルジュはアラビア語で、塔を意味する。しかし、2009年のドバイショックにより支払いが困難になったドバイに、支援金を出したのがアブダビであった。そこで、アブダビの首長の名前を冠した高層ビルになってしまったのである。これは私の個人的な見解に過ぎないのだが、こうしたパワーバランスゆえに、ドバイは世界一を冠するモスクがないのではないかと思う。いや、ないというよりアブダビに気を使って、作れないというべきなのかもしれない。というわけで、ドバイには観光地になるようなゴージャスモスクが今のところ存在しない。一方で、不思議なモスクはある。
UAEは、スンニ派が多数派を占める国だが、ジュメイラ地区やバールドバイ地区には、アラビア半島では見慣れないペルシャ風のシーア派モスクがある。モスク内には、シーア派がお祈りで使うモフルが置いてあり、人々もシーア派スタイルで礼拝を行う。スンニ派もシーア派も同じイスラーム教ではあるが、UAEではシーア派関連の行事は禁止されていたり、シーア派の人々が国外追放された例もあり、センシティブなテーマとなっている。
シーア派といえば、アラビア湾の向かいにはシーア派を国教とするイランがいる。イランとUAEはペルシャ湾を挟んで100キロ程度の距離しかなく、UAE建国以前から貿易や人的交流が盛んに行われてきた。ドバイから飛行機で30分ほど行くと、ビザフリーで入れる(通常イランに入国する際は、日本国籍者はビザを申請する必要がある)ペルシャ湾のキーシュ島やゲシュム島に行くことができ、かつてはUAEで働く労働者がビザを更新するために、訪れていたという。
距離が近くとも、イランやシーア派の話をすることはドバイではばかれる。ドバイからわざわざイランへ行こうという人も少ない。ドバイに長年住んでいても、「イランはやばい場所なんじゃないか」と思っている人が大半である。それは日本と北朝鮮の関係にも似ている。隣人ではあるが、いるようでいないような透明な隣人なのだ。
けれども、目をよく凝らしてみると、ドバイにはいたるところにイランが入り込んでいる。ドバイの伝統地区として観光開発が進むドバイクリークには、今でもイランとドバイを行き交うダウ船が停泊している。同様にイラン側でもドバイでよく見かけるダウ船がいる。また、イラン南部のバスタック地方の商人が移り住んだことに由来するバスタキヤ地区は、”ドバイの伝統”を感じさせる観光名所にもなっている。これらは、ささいな例だが、先にあげたペルシャ風のモスクたちは、明らかな例である。
UAEのモスク外観は、だいたい白や褐色で統一されているが、鮮やかなターコイズと植物文様タイルで彩られたペルシャ風のモスクには、ハッとさせられる。それは時として、鉄筋コンクリートの高層ビルや、ゴールドを多用したゴージャスな高級ホテルの内装にも勝るものである。
参考資料
大澤昭彦,高層建築物の世界史,2015