モスクで謎解き。隠された暗号を解読せよ

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トゥズ・パザル・モスク、ブルサ、トルコ

シルクロード西端の都市として栄えたトルコ第4の都市ブルサ。トゥズ・パザル通りのにぎやかなマーケットの裏にひっそりとたたずむのが、”塩市場のモスク”ことトゥズ・パザル・モスクである。トルコ語でトゥズは塩、パザルは市場を意味する。メフメト2世が統治する1479年に建てられ、石とレンガで作られた外観は地味な印象を与えるが、中へ入るとその印象は覆される。トルコのモスクを歩いていて、楽しいのはこうしたギャップを感じる瞬間である。

ミフラーブの周りは、植物文様やアラビア語のカリグラフィーで縁取られているが、ミフラーブ内は気品あるカーテンが描かれている。イスラームの抽象的な模様やカリグラフィーに比べると、カーテンはかなり物質的でリアルな生活を連想させる。これは、オスマン帝国が西洋に目を向け始めたことで西洋の影響を受け、19世紀以降のモスクで描かれるようになったのだという。トルコ国内のモスクではこうしたカーテンが描かれたミフラーブをよく見かけた。

モスクの壁には、アラビア語のアルファベットである”و”(ワウと読む)の文字が2つ意味ありげに描かれている。普通に読めばワウワウであるが、なぜ28文字もあるアルファベットの中から、この文字が選ばれたのだろうか。そしてなぜ1つだけでなく、2つ並べられているのだろう。それは偶然ではない。文字に数字を当てはめ、言葉を数字で言い表すアブジャドという表記法に照らし合せてみると、意外な意味が浮かび上がってくる。

アブジャドは、アブジャド順に並べたアラビア語の最初の4文字(أ ب ج د )を並べて読んだものである。ゲマトリアとも呼ばれアラビア語だけでなく、ヘブライ語やギリシャ語でも同様のシステムがあり、古代ギリシャ時代に始まったと言われている。

アブジャドによるアラビア文字と数字の早見表

   ا        1  
ب 2
ج 3
د 4
ه 5
و 6
ز 7
ح 8
ط 9

  ي      10   
ك 20
ل 30
م 40
ن 50
س 60
ع 70
ف 80
ص 90

 ق   100  
ر 200
ش 300
ت 400
ث 500
خ 600
ذ 700
ض 800
ظ 900
غ 1000

 

 

 

 

 

 






早見表を見てみると、”ワウ”は数字の6を意味する。ワウが2つで、66。66は、イスラーム教の神、アッラーを表す。なぜイスラーム教の神が66なのか。これもアブジャドの公式に当てはめると答えがわかる。アラビア語で神はアッラー。4つのアラビア文字、أل ل هからなる。これを数式で表すと、1、30、30、5。これらを全て足すと66になる。つまり66は、神を意味することになる。

また、イスラーム教のシンボルとして国旗などでもよく用いられる三日月も、アラビア語ではヒラーレ。先のアッラーと同じアルファベットからなる。またオスマン帝国時代の装飾としてよく用いられるチューリップは、トルコ語でラーレ。これまた、先の同じ4つのアルファベットからなる。

単語と意味 アラビア文字 アブジャドによる計算式 合計数
アッラー(神) أ ل ل ه 1+30+30+5 66
ヒラール(三日月) ه ل أ ل 30+1+30+5 66
ラーレ(チューリップ) ل أ ل ه 5+30+1+30 66
アラビア文字は右から左に読む

初めてこのシステムを知った時、『名探偵コナン』のトリックで使えるじゃん!と一人興奮してしまった。殺害された被害者が死に際に残したダイイングメッセージ。そこには謎の文字が書かれていた!それをアブジャドに沿って文字に戻してみると、犯人の名前が浮かび上がるというシステムである。とはいえ、コナン君の世界にアラブ人が出てくることはまずないだろう。

これ以外にも、”ワウ”はその形が母体にいる子どもや、イスラーム教徒が礼拝する姿に似ていることから、神にひれ伏す謙虚さなどを象徴している。アンネマリー・シンメル著『数字の謎』によれば、この2つのワウは、18世紀以降のトルコモスクにて、頻繁に使われるようになったのだという。ブルサにある書道博物館ことブルサの大モスクでも、2つのワウを見かけた。

モスクは、数学という幾何学をベースとする幾何学模様であふれている。人間が美しいと感じる黄金比もまた数学に基づいている。延々と続く幾何学模様は、果てしない宇宙を連想させる。あまり知られていないけれども、イスラームでは今日につながる数学や天文という分野も大きく発展させてきた。モスクではつい見た目の美しさで忘れがちだが、そこには数学的な美しさも隠れているのだ。


参考資料
Bursa, “Tuz Pazarı” (Open Salt Market) Mosque, https://www.bursa.com.tr/en/mekan/tuz-pazari-open-salt-market-mosque-206/
ELIF GURSOY, CURTAIN MOTIF ON THE MIHRABS IN UŞAK, 2015
Students of Knowledge, “SIGNIFICANCE OF ARABIC LETTER “WAW” (و) IN TURKISH MYSTICISM”, 2019
Daily Sabah, “Bursa’s most prominent landmark: The Grand Mosque”, 2018
ミランダ・ランディ, 数の不思議, 2010