はじめに

モスクと寿司は似ている。「は?」と思うかもしれないが、まあ聞いて欲しい。寿司は今や日本のものだけではなくなった。寿司は世界中にある。そして世界各地の至るところで、「SUSHI」という名前は残しつつも、その形は驚くような変化を遂げている。


多様な寿司の姿をとらえようと、ドバイでいくつかの寿司屋に訪れたことがある。そのほとんどが、いい意味でも悪い意味でも驚愕するものだった。お菓子のチートスとコラボした寿司バーガー、トリッキーな形をした火山寿司、そして1貫1,200円以上するフォアグラ寿司など。もはや日本の寿司しか知らない人間かすれば、どなたさん・・・?と聞かずにはいられない。どれもが、私のこれまでの寿司という概念をぶち壊してきた。


変幻自在な寿司たちを前に、寿司とは一体何なのか。何が寿司を寿司たらしめるのか。日本であれば疑う余地のない寿司という概念を考え直さなければならなかった。そう、日本を飛び出た寿司は、新天地でもうまくやっていけるよう進化した寿司の姿だったのだ。現地の人に馴染みやすい味に。現地ならではの素材を使って。それは必ずしも日本のそれと一致するわけではない。そういうわけで、各地オリジナルのSUSHIが世界各地に誕生したのだった。


モスクも同様に、イスラーム教徒が祈る場所だと思ってきた。ところがどっこい。世界各地のモスクを訪れるたびに、同じモスクだというのに姿形がかなり違うことに気づかされる。モスクもまた地域色を強く反映している。地域ならではの素材を建築に使い、地域の技術を装飾に使う。建物の形もさることながら、特筆すべきはその装飾である。幾何学を駆使した文様で彩られるその空間は、宇宙を連想させる。そして、モスクの扉を開けると毎回予想だにしない空間を出会うため、まるで宝箱を開けているような気分になる。かくして気づけば、モスクの虜になっていた。世界中のモスクを巡って、その宝箱の中身を見てみたい。


こうしたモスクの魅力に気づいたのは、皮肉にもイスラーム教発祥の地であるアラビア半島を出た後だった。一般的にイスラーム教というと、アラブとくくられがちだが、イスラーム教徒全体で見れば、アラブ人のイスラーム教徒は少数派である。今ではインドネシアを筆頭にインドやパキスタンなどアジアのイスラーム教徒が数では圧倒している。


一見するとイスラーム教とは関係なさそうな土地でも、イスラーム教が根付いていたりする。例えば、ソ連時代を経て無宗教化してしまった中央アジアの国では、ソ連時代にモスクを学校や軍の施設に変えたり、モスクの目印でもあるミナレット(礼拝を呼びかける塔)をもぎとって、モスクだとわからないようにしていたケースもある。またアルジェリアには、フランス占領期に、ムスリムたちが隠れて祈るために作られた地下モスクがあるという。まるで隠れキリシタンみたいな話である。


モスクというと、やはりイスラーム圏のモスクだったり、建築や美術の分野で意義が大きいモスクにスポットライトがあたりがちだ。先のような”逆境”モスクや非イスラーム圏のモスクは、あまり日の目を見ていない。世界のモスクは約400万あるという。それもイスラーム圏だけでなく世界中に散らばっている(グーグルマップで確認したところ、北朝鮮にもモスクがあるらしい)。モスクは場所や時代によってその姿を変えている。


そんな千差万別なモスクを訪れた先に何を見つけることができるのか。それを探るのがこのプロジェクトである。